天は二物を与えずなんて
「天は二物を与えず」って言葉
素敵ですよね、ロックスターとかまさしくって感じで。きっと、この人は音楽がなくなった瞬間にダメな人間になるんだろうなという人が、私の好きなバンドのボーカルの人とかでよくいます、今日観てきたSAKANAMON然り、フラワーカンパニーズ然り。
ただ、最近の売れているバンドを見ると
映像監督もできるけど、バンドも売れてるだとか
ゲームクリエイターとか、絵も描けるけどバンドも……とかとかとかとか
天は二物を与えずなんて今の時代嘘ばっか!
誰でもなんでも器用にこなして、私が連日悩むばかりな音楽でさえ涼しい顔して器用にこなす、羨ましいな本当に、ととても思う反面
音楽がたとえなくなったとしても、なくなった時の逃げ道ができてしまっている、
「二物を持った人間」のやるバンドは
やっぱりなんか、音楽しか持っていない人に比べると「美しさ」というものが半減している気がして、
「これしかないんだ」と音楽に死ぬ気で向き合ってる、パンクロッカー、私の好きなバンド、そういう人の方が私は、人間的な意味で「美しい」と感じるんです。
先程申し上げた通り、二物を持っている人って、結局「こなしている」感が出てるなというか。
できることの1つとしてやっているように、私は見えてしまうから、それよりもやっぱり二物持っていない彼等のほうが、人間味があって美しいと、とても感じます。
じゃあ、私はどちらになりたいんだろう
そう考えた時、真っ先に、2つも3つも才能なんかいらないから音楽の才能だけ欲しい、これだけと向き合いたいと思ったんです。
気持ち悪いな、語っちゃって。でもそう思ったんです。
私が、音楽を愛するように、音楽も私を愛して欲しいし、これしかないと思える程、向き合ってみたいと本気で思うし、実際今日のライブを見てとても思いました。
音楽をするべくして生まれたような人間なんて、この世の中にきっとほんの一握り、1つまみなんだと思う、スープに入れる塩胡椒程度
でもその1人になりたいしその1人だと信じたい。
最近色々なお声をいただきます。
未来がある、将来性がどうのこうの、
嬉しい、ていうのが8割以上なのは本当のこと
でもその分重荷になっているというのも事実
顔も名前もわからないような人が投稿してくれているインターネットでしか感じられない、私たちバンド「ひかりのなかに」への愛にヘコタレそうになる日が多いです。
生々しい話をすると、 目に見える「動員」というかたちで表れていないからというのもあるし、きっとこういう人たちは、私たちが、この大会を節目に消えてしまったとしても、何食わぬ顔で次の大会で勝ち上がったバンドに対して同じようなコメントをするんだろ、と、捻くれた自分が言うから、素直に喜べなくなってしまったりとか。
不安要素っていうものが、最近特に増えてきたような気がとてもします。良い事なんだろう、ここが峠かもしれないと冷静になれば考えられる頭も、考え込んでしまったが最後、こんな思いをするならば、も投げ出したくなってしまう日だってあります。
結局どうすれば私自身が満足するのかがわからないから、私の奥底に眠る気持ちその他諸々が悲鳴をあげる毎日です。
夜な夜なリスクばかり考えて、何食わぬ顔で希望を歌い、家に帰れば不安になるそのルーティンから早く脱出をしたい!
私を救うという気持ちでも、興味本位でも、あなたの好きなバンドと私達が対バンをするからという理由でもなんでもいい
あなたが、もし、その耳で、良いと思ってくれたのであれば、全ての感覚を持って私達を見てくれ
と、思いました!とにかくツイッターに
「ひかりのなかにすげえ!」とか書いてる暇があるなら会いに来てよね!よろしく!